2015年10月24日土曜日

直観力 / 羽生善治

「ただひとつ思っているのは、少なくとも今自分が思い描いているものとは違う姿にはなっていたいということ。」

ピカソしかり、マイルス・デイビスしかり、偉大なアーチストに共通するスタンスに思えます。
変化への挑戦、なのか、何か新しいことへの興味、なのか。
やはり、守りに入っちゃいけないんでしょうね。

「現状への不満足ではなく、違う何かを探し求めていく姿勢」
こういう考え方の転換は難しいようにも思えます。
がんばります。

2015年10月17日土曜日

甘えの構造 / 土居健郎

最近「甘えの構造」という言葉を2度聞いたので、一度本を読んでみようと思った。

ここで言う「甘え」とは依存欲求のことであり、西洋社会と日本との対比の中で、日本はこの依存体質が特徴的な社会だということを縷々述べている。
もちろん、依存体質がいい、悪い、ということではなく、人と人との依存関係が強い社会だ、ということである。むしろ「甘え」の社会の豊かさを説いた本とも言える。

一番興味深く読んだのは、「甘えと自由」の項である。
自由(Freedom)は、西洋、特にキリスト教に特徴的な概念で、個人と神との関係の中で、個人が起立しているという思想だ、とのことである。個人主義と自由主義は、神との関係の中で結びついているのである。
そう考えると、自由主義というのは実はキリスト教の思想であり、人類普遍の思想ではかったのだ、ということに思い至る。アメリカが自由のために戦う、と言っているのは、キリスト教的信条の押しつけとも言える。戦後の日本はあまりに、このアメリカ的考え方に洗脳されてきたのだろう。もうすでに、個人主義、自由主義は「当たり前」のこととして考えられている。

明治のエリートはお国のために一生懸命だった。戦後のサラリーマンは会社のために一生懸命に働いた。こういうメンタリティは、少しずつ薄らいできている。日本人らしい「甘え」が少しずつなくなっていくが、それほどドラスティックにも変われない。これから日本人はどこに向かっていくのだろう。

2015年10月11日日曜日

武士道 / 新渡戸稲造

北大のポプラ並木で、新渡戸稲造の銅像を見たことがきっかけで読んでみました。

明治時代にはまだ色濃く「武士の世」が残っていて、列強の侵略を受けなかったのは武士道があったからだと、強く信じていたのでしょう。中国との対比において、そう信じることもできます。

西郷隆盛は武士身分の廃止に反対したようですが、慧眼とも言えます。しかし、諸外国に負けないためには避けては通れないことだったとも言えます。
  • 義ー誠実と正義
  • 勇気ー大胆さと忍耐の精神
  • 仁「慈悲心」―人の苦しみを感じる心
から続き、以下、礼儀、名誉、忠義、克己心等々と続いていきます。
幕府側も朝廷側もいずれも武士だったわけで、忠実に武士たらんとした競争が維新の原動力になったのかもしれません。

現代に生きる我々は、胆力や、自分への厳しさという武士の精神に思いを致し、同じ日本人として受け継ぐことが必要でしょう。

なお、訳者の倉田さんは高松大手前の先生ということで、少し親近感を感じました。

戦略プロフェッショナル・経営パワーの危機 / 三枝匡

いずれの本も実話をベースにしたケースで、おそらく主人公は著者本人だろう。修羅場を経験しての、経営者としての成長を描いている。

<戦略プロフェッショナル>
少し問題のある事業部門が、一人の戦略リーダーによって劇的に変わり、シェアが逆転していくストーリー。
  • 情報を集め、技術優位性、市場ポジション、価格決定のロジックを見極める
  • ユーザに会う
  • 社内体制の強み弱みを見極める
  • 競合の力を探る
  • 時間軸を見定める
  • 営業戦略を立てる
  • 市場をセグメント化して営業する
といったことを主人公は主導していく。
結局年7台しか売れなかった製品を、年150台売れるようにしていった。
キーは「戦略」。戦略論の知識があるだけでなく、実際に使うことが重要だ。

<経営パワーの危機>
経営危機に陥った中堅企業に社長として送り込まれたリーダーが、会社を変え、成長軌道に乗せていく。
  • 部門間の壁を取り払い、協力体制をひく
  • 戦略マトリクスを使い、成長のマップを描く
  • 開発を絞る
  • 人間関係に気を配る
  • 慢心しない
経営トップになるということは、今までの部門の長と違い、大きな責任、重圧、バランス感覚、リーダーシップが必要となる。
その中で、戦略を作り、みんなを巻き込んでいくことが必要だ。

いずれのストーリーも、ある戦略アイデアを基に、うまく組織を変えていくことがベースになっているが、そのアイデアの源と苦悩をもっと知りたい。
「改革中は大部屋で」「朝早く来て、少人数で朝会をする」「親会社の都合の人事は断固拒否する」、僕の関わった事業部門の再建の道のりでやられたことは、ここでも再現されている。
僕がやろうとした、各部門をまたいだ責任者を作ろうとしたことは間違いじゃなかったのだ、と思える。

2015年9月22日火曜日

偶然とは何か / イーヴェル・エクランド

「北欧神話で読む現代数学理論 全6章」という副題がついているように、北欧の荒っぽい神話をきっかけに、偶然とは、運命とは、予想とは、カオスとは、リスクとは、統計とは何か、を哲学的見地を交えながら綴っている。
人為的に「偶然」を作り出すことは非常に難しそうだ。
いかに我々はこの偶然に満ちた世界を、統計的経験値に基づいて生活しているのだろう。量子論が出てきたのは物理学にとって、生まれもっての必然だったのかもしれない。
数学は数字遊びではなく、自然を表現するためにある。

自然の法則を解き明かそうという、こういった試みはとてもクールだと思うが、なにせ数学が苦手だった僕には、残念ながら難しかった。

2015年9月8日火曜日

日本の「運命」について語ろう / 浅田次郎

「語ろう」というだけあって、講演録でした。
しゃべったものなので、非常に読みやすい内容です。
日本の近代、現代史についての洞察が多くあるのかと思っていましたが、そうでもありませんでした。正しく歴史を知ることが大切だ、と主張されていますが、中身は僕の理解しているものと大筋では一致していたからです。
ただ、中国についての歴史については僕の知らないことが多く、科挙の歴史や、北方民族国家の清によっていくつかの中国のイメージができていることなど、面白く読めました。あるいは参勤交代の蘊蓄もなかなかでした。

2015年8月22日土曜日

俘虜記 / 大岡昇平

戦後70年、改めて「俘虜記」を読んでみた。
米軍に捉まるまで、俘虜となって米軍病院での入院生活、俘虜収容所生活、敗戦、敗戦後の収容所の堕落、帰国と、それぞれでテーマが変遷している。
捉まるまでは、自身の生と死の葛藤、米兵をなぜ殺さなかったかを描いている。(が、少し弁解気味のところもある)
俘虜生活は、日本社会の縮図模様、人間のエゴを描いており、冷徹な観察眼とニヒルな文体に好感が持てる。戦後に書かれたとはいえ、戦中派のまっとうな市民の感覚が表わされているようだ。
一番胸に迫ったのは、敗戦の項だ。単純に負けた悔しさと、国家をつぶしてしまった悔恨(偉大な明治の先人の功績を3代目がつぶしてしまった)、軍部への怒りが表わされている。米軍では8月10日にポツダム宣言受入れの打診があり、収容所では8月10日が敗戦の日と認識されている。
戦争小説というよりは、戦争を題材にして、生と死、人間社会を描いた批評小説である。