まぁ『種の起源』は読まないですよね。
でも、興味はある、そんな人がほとんどじゃないでしょうか。
『種の起源』は、ダーウィンが1859年に出した画期的な書物ですが、その後も何度も改訂版が出されています。
当時は、生物の種は神が創造したという「個別創造説」が主流で、自然淘汰による進化論はかなり異端だった様です。
その背景があり、『種の起源』では、「個別創造説」に対する反論や、自然淘汰説の優位性の主張がほとんどを占めいているように思えました。
個別創造論者からも、当然反論があった様です。
- 移行段階の種がなぜ至る所で見つからないのか?
- 自然淘汰で目のような複雑な構造を作り上げれることが信じられるか?
- 本能が自然淘汰によって獲得されたり変化したりすることが可能だろうか?
- 種の間の交雑は不妊となるのに、変種では不妊とならないのは説明できるか?
といったもので、この反論に対する反論に『種の起源』は大半を費やしています。
ちなみに、ダーウィンの説明は私が理解した限り次の様なものです。かなり簡略化してますし、正しく理解しているかどうかは甚だ疑問です。
- 1つ目。種の変異により、優位な変異型が出ると旧種は駆逐され、移行期の種は稀となる。
- 2つ目。中途半端な機能の変異があったとしても、それが有用であるなら進化に繋がる。
- 3つ目。本能も方向性のない変異がある。
- 4つ目。種と種の間は連続しており、不妊かどうかは種の区別とはならない。
これらを、ダーウィンは自ら集めた膨大な実例を元に説明しています。そういう実証的な姿勢が研究者として偉大なところなんでしょうね。
ダーウィンの説を認めていない人も、ダーウィンには友情をいだいていた様です。研究者としての姿勢が尊敬されてたんでしょう。
ダーウィンの主張する進化の仕組みは、自然淘汰、用不用、生活条件の直接作用、習性の4つですが、このうち自然淘汰を除く3つは一部の例外を除いて誤りとされているそうです。こういう知識がないと、確かに『種の起源』を読んでも誤った考えを読み込んでしまうことになってしまいます。
この本を読んで驚いたのは『種の起源』が書かれた時代(ダーウィンの時代)は、遺伝の法則が知られる前だったということです。メンデルの遺伝の法則が「再発見」されたのは1900年代になってからだそうで、ダーウィンはこの法則を知らない前提で自然淘汰論を展開したことになります。
ダーウィンといえば、ガラパゴス、ダーウィン・フィンチ、ビーグル号が有名ですが、『種の起源』でがほとんど触れられていません。色々触れられている実例のほんの一例なんですね。これもこの本を読んだ発見でした。
https://www.diamond.co.jp/book/9784478112380.html
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