トランプの再選は正直驚きました。
遠く離れた日本から見てると、あるいは日本での報道や記事を見ると、トランプはかなり「トンデモ」政治家に見えます。
でも1度ならずも2度までも選ばれています。
しかもなぜそんなに「トンデモ」発言を繰り返すのかも全く理解できませんでした。
アメリカ内部に住めばその辺の空気感も含めて少しは理解できるかもしれませんが、そこまでする理由もないので、新書本を読んでみました。
アメリカでは「ニューライト」というらしいです。
「ニューライト」は今まで何回かの隆盛があって、現在は3回目だそうです。
今までは「ニュー」が付くだけあって、ライトの傍流だったのに比べて、今回は主流の座を担おうとしているのが今までと違うところでしょうか。
特徴としては、
- 古典的自由主義に懐疑の目を向けている
- よりナショナリズムを重視している
- よりキリスト教的価値を重んじている
- よりテクノロジーと進歩を受け入れている
- より極右との親和性を強めている
とのことです。
分かりやすいのは、リベラル色を強める社会への反発ということでしょうか。本書の中で取り上げられている例を上げると、公共図書館がドラグクイーンによる子供への読み聞かせ会をする団体に、場所提供の許可を出したことに対する反発が代表例です。
多様性といった考え方の下にそれを子供にまで教育しようというのはやり過ぎだろう、アメリカ社会がそういう風に、行き過ぎたリベラルが正義かつ多数になっていくことに我慢がならない、しかも公共の場がそれに加担するなどあり得ない、という主張です。
つまり、よりキリスト教的懐古的思想の下、公権力を使ってそういった思想を推し進めるべき、ということです。
キリスト教的と言いましたが、ニューライトは福音派あるいはカトリックが多いようです。福音派の教義はあまりよく分かりませんでしたが、以前は原理主義と呼ばれていたようです。聖書に書かれていることが全て的な。イスラム原理主義みたいなもんですかね。アメリカのキリスト教人口のうち1/4は福音派だというから驚きです。
そういった宗教的価値観をベースにしているので、我々には正確には理解が及ばないところがあります。
戦後日本のリベラルな考え方、あるいはアメリカのフラワームーブメントや公民権運動のような個人の自由を重んじる風潮は、当然のことと肌身で感じてきましたが、それは前提ではない、ということが目から鱗でした。
「多様性」という社会正義の下に、ゲイ文化や中絶が当然といった開かれた性の考え方が広まり、「グローバリズム」の下で多量の移民が発生し、元の文化が破壊されていくことへの反発があるんですね。共感はしませんが理解はしました。
一方でニューライトといっても、一枚岩ではなさそうです。
オルトライト、ナトコン(ナショナルコンサバティブ)、テック右派、ポストリベラル右派等、右派ではあるものの、主義主張が少しずつずれている人たちをひっくるめてニューライトと言っているからです。
これらが混在しているのが第2期トランプ政権です。ポストリベラルのヴァンスやテック右派のマスク(今はいない)がそれぞれの主張をし、打ち出す施策が揺れています。
本書では、様々な論客の主張を紹介することにより、現代のニューライトの全体像を浮かび上がらせようとしています。
- パトリック・デニーン(ポストリベラル右派)
- タッカー・カールソン(ポストリベラル右派)
- ソーラブ・アーマリ(ポストリベラル右派)
- ピーター・ティール(テック右派)
- ルノー・カミュ(「大いなる置き換え」、フランス)
- ロッド・ドレア(ポストリベラル右派)
- マーク・アンドリーセン(テック右派)
- イーロン・マスク(テック右派)
- ケヴィン・ロバーツ(ヘリテージ財団)....
ヨーロッパでは、アフリカからの移民が増加し、ヨーロッパの古くからの文化、伝統が蔑ろにされていく(と捉えている人が多数出てきたという)状況から、極右思想が蔓延っていきました。ハンガリーではオルバンがキリスト教的、強権的政権運営し、アメリカのニューライトの理想郷とされます。
ただ、アメリカとヨーロッパの国は成り立ちが違いますよね。ヨーロッパでは原住民が形作ってきた文化の上に近代に国が成立していきましたが、アメリカは原住民を排斥して、移民が自由思想を原理として作った国です。そういう意味ではソ連と同じなのかも。侵略者が持ち込んだ文化を守ろうとするのは、何だかおこがましく感じます。1776年を建国年とすることも含めて。
https://www.shinchosha.co.jp/book/603932/
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