2018年8月16日木曜日

リンカン / D.K.グッドウィン (2005)

"Team of Rivals : the political genius of Abraham Lincoln" by Doris Kearns Goodwin

リンカンが大統領になったのが1961年、日本はまさに幕末です(前年には桜田門外の変)。
南部反乱派に対する正統中央政府という構図は、日本の西南藩対幕府とも取れます。中央政府期待の反奴隷制を担って登場したリンカンは、幕府による政治改革を期待された慶喜と重なるように感じます。違うのは、慶喜が貴族であり、リンカンが西部の庶民の出であること。慶喜は同時代のアメリカに学ぶべきだったのかもしれません。

奴隷制が支点となり、時代は大きく動いていきます。奴隷制に反対の諸派が合同して共和党ができ、できたばかりの共和党が大統領を出すことによって、南部が反発し南北戦争が勃発します。リンカンが大統領になることによって始まった戦争が終結した6日後に暗殺されるわけですから、リンカンの残任期間は全て戦争といってもいいでしょう。

結果的にリンカンは合衆国の分裂を回避し、奴隷制を廃止できましたが、それができたのは民主主義の力ではなく武力によるものだったということも確認できます。北軍は何度も敗北し、何度も危機が訪れますが、相手が勝っていればまた違った合衆国の歴史になっていたと思うと、軍事力の大切さも分かります。大儀や主義主張や民意の正当性ではないところが考えさせられます。
独立戦争で掲げた自由主義が、南北戦争で確固としたものとなり、公民権運動などを経て今につながっているという点では、合衆国はいい歴史を国民で共有している、と言えるのではないでしょうか。

原題が "Team of Rivals" ということで、3人の大統領選の相手候補者について書かれてある部分が本書の前半3分の1を占め、冗長さは否めませんが、そこが新しいアプローチなのかもしれません。自らが全能でないことを認め、不足するところをかつてのライバルの力を借り、猛獣遣いのように統御していくのは、確かに政治的才能でしょう。

政治的には、中庸、主義主張を頑なに通すことはせず、ほとんどが妥協という姿勢は驚かされます。現代ビジネス風のマッチョなリーダーシップとは程遠い姿です。
急進派と保守派の統合を常に考え、彼の手柄とされている奴隷解放宣言も、急進派からすれば何年も前から唱えていたもので、民意が高まった時期を計ってリンカンが宣言を出したにすぎません。
その政治姿勢の中核を成すのは、人格、そして人へのきめ細かな気遣いです。いつもユーモアを忘れず、温情に流される。巨大な人格者というのが正当な評価でしょうか。西郷を思わせます。

本書のテーマとは関係ありませんが、150年前はよく人が病気で死んでいます。今では信じられないくらいに。リンカンの親兄弟もけっこう死んでますし、リンカンの4人の子供のうち成人したのは1人しかいません。心痛みますが、この時代の人はそれを幾度も乗り越えていかなければならなかったのです。
また、奴隷解放を指導したリンカンも黒人の市民権拡大を前進させたケネディも暗殺時の副大統領がジョンソンだったのは因縁を感じます。