2018年12月24日月曜日

あなたの人生の物語 / テッド・チャン (2002)

Stories of Your Life and Others by Ted Chiang

僕はほとんど小説を読まないのですが、これは面白い!
8編の短編からなる短編集ですが、それぞれが全然違う文体とテーマで、驚きます。
短編と言っても、中短編というか、密度が濃いせいか普通の長編といってもいいと思います。
ジャンルとしては、サイエンス・フィクション、あるいはファンタジーということになるのでしょうか。現代の生活様式そのままではなく、そこに「もし」を持ち込んだもので、「もし」があるからこそ、問題意識が強く表現されているように感じます。

もともとこの本を読むきっかけは、映画"メッセージ"でした。この本の中の"あなたの人生の物語"が原作となっています。エイリアンとの交流によって得た、未来を知ることができる特殊能力と、未来のことが全てわかりつつ、その人生を運命として生きていくという世界観に感銘しました。映画がエイリアンとの交流に重心があるのに対して、原作では「あなたの人生」に焦点が当たっているところが違いましたが、ほぼ小説の世界観を再現していると言っていいのではないでしょうか。

僕がこの短編集の中で一番心が動かされたのが、"地獄とは神の不在なり"です。
天使の降臨と天変地異を同期させて、神の意思を表現しています。神は公正ではなく、優しくなく、慈悲深くない。神の行いをギフトとして受け入れること、それが信仰だということを言っています。登場人物の一人ジャニスは、生まれつき足がないことを、神が特別な使命を与えたと認識して人生を生きていきます。
これは僕にとっての一種の信仰体験でした。
作者によれば、ヨブ記の中で最後に神がヨブに報いることが不満だそうです。

作者は、僕とほぼ同年代、アジア系ということもあり、親近感を覚えます。

  1. バビロンの塔 "Tower of Babylon" (1990)
  2. 理解 "Understand" (1991)
  3. ゼロで割る "Division by Zero" (1991)
  4. あなたの人生の物語 "Story of Your Life" (1998)
  5. 七十二文字 "Seventy-Two Letters" (2000)
  6. 人類科学の進化 "The Evolustion of Human Science" (2000)
  7. 地獄とは神の不在なり "Hell Is the Absence of God" (2001)
  8. 顔の美醜について : ドキュメンタリー "Liking What You See: A Documentary" (2002)

2018年12月2日日曜日

マネー・ボール / マイケル ルイス (2003)

MONEYBALL

The art of winning an unfair game by Michael Lewis

ブラッド・ピットの映画を見てずっと気になっていた原作を読んでみました。
基本的には、原作とかけ離れたとことろはありません(ノンフィクションですから当たり前ですよね)が、映画が主人公ビリー・ビーンだけにスポットライトを当てているのに比べ、原作はもっと広範な人物の物語も紹介しています。

例えば、ビリー・ビーンの前任のゼネラル・マネージャーであるサンディ・アルダーソンは、野球を統計学的な手法で眺め直そうとしたビル・ジェイムズの著作を全部持っており、ビリー・ビーンも影響を受けます。例えば「エラー」は主観に基づいた判定であり、分析に値しない。僕も前々からファインプレーは、スタートダッシュの遅い選手や守備位置がまずい選手がやっと追いついたプレーであることも多いんじゃないかと思ってましたので、まったく同感です。とすればヒットの定義も怪しくなる。後にボロス・マクラッケンという人が、フェアゾーンに飛んだ打球がヒットになるかアウトになるかは全くの運ではないか、と言い出したことも紹介していますが、もしかしたらそうかもしれません。

腕を手術して捕手をあきらめたが、アスレチックスに一塁手としてトレードされたスコット・ハッテバーグ、アンダースローというメジャーでは特異な投げ方をしているチャド・ブラッドフォード、デブであるがために他球団に見向きもされない大学選手ジェレミー・ブラウン。
みんな「傷もの」ですが、アスレチックスの中では価値を認められ、活躍します。

この本で感じたのは3つ。
1つめは、投資効率の追求です。選手の給料が高くなったことにより、より選手を選ぶ力が重要になります。そのときにイチかバチかではなく、より活躍の確率の高い選手を選ぶにはどうするか。活躍している選手の過去を振り返り、分析し、より確率の高い選手をドラフト指名する、あるいはトレードでもらい受ける。オーナーが出せる金の上限がある中で、どうやりくりするのか、ビリー・ビーンはそればかり考えていたのではないでしょうか。

2つめは、統計分析の重視です。選手選びもそうですが、試合に勝つにはどうするのか。試合に勝つことが集客に最も影響があることが分かっていますので、イコール経営の好転につながります。そのためには、相手よりより多く得点すること。得点のために一番きくのが、出塁率と長打です。要はアウトにならないことですね。そのために作戦上では、犠打、盗塁を嫌い、四球を選ぶことを奨励し、ドラフト、トレードでは体格や運動神経をあまり考慮せず、出塁率を重視します。

3つ目は、分析に基づいた人の評価です。従来も野球選手は数字で評価されていたのでしょうが、評価軸がチーム戦術と完全に一致しています。運に任せたヒットや守備の評価(打率やエラー数の評価)を、打球の初速や方向、着弾点を記録して、あるいは何アウトで何塁の場面だったのか、相手は右投手なのか左投手なのか、球種は、といったことを記録して分析していこうという動きがありますが、それを評価にも使えるのでしょう。翻って、会社の評価ってどうなんでしょう。まったく科学的ではありません。

著者は、こういった手法を「おたく」とよびますが、カッコいいですよね。