2020年7月25日土曜日

幼年期の終わり / アーサー C. クラーク (1953, 1989)

Childhood's End

by Arthur C. Clarke


人類というのが進化の過程にあり、現在がその幼年期に当たる、という仮定に基づいたSFです。

異星人 Overlord つまり、神を超える存在に支配される地球。
やがて特定の子供達に異変が現れ、新しい人類が誕生する。
それは、フィジカルな生命を超越した、精神の生命であり、宇宙の摂理と完全に一体化していく。

そこに出てくるのは、Overmind という存在であり、その名のとおり宇宙の精神性を表しています。
反射→判断→理性→精神と進んできた地球生命体の進む道が、今後どうなっていくんだろう、というのは考えたくなります。確かに現在の人類は、高度な精神性を持っているとは言え、本能の部分も多く、肉体との相互作用でどうにでも変わります。
それは、肉体=DNAを守るために身につけていった反応力、判断力、知性だからに他なりません。
Clarke はそこにメスを入れ、肉体性を排除して、知性への純化という方向が進むべき道だとしたら、という仮説を提示しています。
今までは、フィジカルとメンタルが混じった中途半端な成長過程、つまり子供時代だということです。

世界が広くなるにつれ、私たちは常識を見直してきました。
空が動いているのではなく、この揺るぎない大地が動いているという転換。光を中心に考えると、誰にでも平等だと思われていた時間が相対的になるという転換。空間が巨大な重力により歪むという転換。
今目の前にあり、身の回りにあるものを前提として考えず、あらゆる可能性を試す、という意味でSFはまさに科学的です。

この “Childhood's End” は.、ストーリーとしては壮大で、かつ奇抜な展開も面白い、優れた小説だと思いますが、2つの点において違和感を感じました。
人類至上的史観と精神至上視点です。
Clarke の関心は宇宙にあり、当時の科学の最先端も宇宙物理学でした。
しかし、現代の最先端は生物科学であるともいえます。私たちの体は、複雑な相互作用によって成り立ち、40億年という長い期間があるとは言え、よくもまあこんなシステムができたものだという驚きがあります。これがすべて適者生存の進化だけででき上がったとはとても思えません。
もちろん人類のシステムが最強なわけではなく、他の生物はその生存環境に合わせた、適切なシステムを構築しています。
人類が獲得した精神性というのはかなり単純なもので、肉体のシステムのように高度で複雑なものではないとも言えます。

それにしても、Clark が示した人類の進化の行く末は衝撃的です。


2020年7月24日金曜日

82年生まれ、キム・ジヨン / チョ・ナムジュ (2016)

これは著者とすべての女性の物語であると同時に、僕の物語です。
涙が出、胸が痛みました。
フィジカルにです。

男と女の間には埋めようのない溝があり、理解できない悲しさがありますが、人と人との間も本当の意味で理解ができない悲しさがあります。
男には男の言い分があり、女には女の感じ方があります。
何気ない一言でも、他人は思いもよらない感じ方と理解をするものです。

この小説は、現代の女性のありのままの姿を描き、共感を得ています。
82年生まれの女の子の一番多い名前が「キム・ジヨン」というリサーチに基づき、その年代の女性のリアルを描いています。
と同時に女として生きる、生きづらさのようなものがずっと底辺に流れています。
韓国の特殊性も少しはありますが、ほぼ日本人女性の物語としても同じようなものでしょう。
韓国では男尊女卑の価値観が強いと言い、この小説でも年配の男性は時代錯誤の行動様式から抜けられませんが、ジオンの同年代の男たちは、現代らしく男と女は平等だとわかっていて、いたってリベラルな考え方の持ち主に描かれています。
でも、本当の意味で女の人生の生きづらさ、悲しさ、辛さはわかっていないのです。

僕の妻はジヨンより15才ほど年上です。大学を出て働いていた妻は子供ができて退職を選びました。僕よりも収入が高かったにもかかわらずです。望んで就職した業種だったにもかかわらずです。
その時は、それが普通だと思っていました。でも普通かどうかなんか関係ないのです。
仕事をしていない間、資格を取り、子供を預けられるようになると再就職しました。
子育てに責任を強く感じた妻は、責任を一人で背負い込み、あるとき僕との会話の中でプッツンと糸が切れてしまいました。
ジヨンがあるときから精神に異常をきたしたのと同じように。
何も共感してやれず、何も助けてあげられませんでした。

この小説の中の男は、夫以外は名前を与えられていません。家族であっても彼氏であっても。
フェミニズム、というイズムを強く意図している小説ですが、それだけではない、心を強く揺さぶられる小説です。

筑摩書房 https://www.chikumashobo.co.jp/special/kimjiyoung/