2023年11月12日日曜日

アレサ・フランクリン リスペクト / デイヴィッド・リッツ (2014)

Respect: The Life of Aretha Franklin by David Ritz

"Hey, Nineteen, That's 'Retha Franklin
She don't remember the Queen of soul
It's hard times befallen, the sole survivors"

1980年に出た、Steely Dan の名曲 "Hey Nineteen" の一節に Aretha Franklin は激怒したといいます。
自分がまるで過去の人になったような歌詞、今でも自分はソウルの女王なんだという自意識。
この本を象徴するようなエピソードだと思います。

自分の殻に閉じこもり都合の悪いことはなかったものにする、コンサートを何度もキャンセルし、親しい人といざこざ。同じカテゴリーの人に対して強烈に妬み、敵愾心を抱き、ポップ領域で売れることに異常に執着する。注目を得るために嘘の噂を流し、男性とも長続きしない。

ソウルの女王の裏側の赤裸々な自の姿が描かれています。
かといって暴露本とも違うのは、著者が Aretha の音楽に、本のタイトルにあるような「リスペクト」を持っていることでしょう。
「リスペクト」に値する桁外れの才能を持った人の、生の姿を描きたい、という欲求がこの本の原点だと思います。

”「アレサについて他人が何を言おうが、僕にはどうでもいい」とビリー・プレストンは言った。「彼女はデトロイトの自宅に何年も隠れているかもしれない。飛行機に乗らずに。あるいはヨーロッパに一度も飛ばずに、何年も過ごすかもしれない。ギグを半分はキャンセルして、国中のプロデューサーやプロモーターを一人残らず激怒させるかもしれない。彼女にまるで相応しくない、ありとあらゆるくだらない曲を歌うかもしれない。女王モードに入って、その振る舞いで世間をうんざりさせるかもしれない。でも、いついかなる晩でも、かの淑女がピアノの前に腰を下ろし、ふさわしい曲に全身全霊を注ぎ込んだ時、君は間違いなく縮み上がらせられる。君は思い知らされ、そして断言する。彼女は今も、このとてつもなくイカれた国が生み出した、とてつもなくイカした最高のシンガーなんだ、と」”

本人へのインタビューでは本当の彼女は分からない、と理解し、兄弟姉妹やマネージャ、プロデューサー、ミュージシャンなど多数の人にインタビューし、記事を丹念に読み、本人を描き出しました。素晴らしい仕事です。

Aretha Franklin が亡くなったのは2018年ですから、この本は生前に出されたものです。この本に対して彼女は訴訟を起こす、と言っていたそうです。


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2023年7月4日火曜日

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? / フィリップ・K・ディック (1968)

Do Androids Dream of Electric Sheep? / Philip K. Dick

『ブレードランナー』を観直してみました。なんとなくベースとなる素材は同じですが、似て非なるものですね。
リドリー・スコットの描く世界は、おどろおどろしく、いかにもハリウッド的な演出は、ディックの書く文学的な世界とはかけ離れています。ハリソン・フォードが嫌がったのも分かります。

だいたい「電気羊」って?
何の説明もなくタイトルに提示するあたりがにくいですね。しかも「電気羊を夢見る」ですからね。
とは言っても、冒頭のシーンから電気動物が登場し、アンドロイドも登場し、あと謎は「夢」だけになりますが。

舞台は、戦後小説によくありがちな、核大戦後の世界。人類はすでに火星進出を果たしています。
アンドロイドを作り出し、奴隷として使っているところに、人種問題も隠れています。
単純な、人間対アンドロイド、という構図の中で、宗教を持ち出してくるところが、一筋縄ではいかないところです。
しかも、「フォークト=カンプフ感情移入度検査法」という微妙な手法でアンドロイドと人間を区別したり、ちょっとピンボケな人間を登場させたり、荒野で人造動物を拾ったり、とそれぞれのエピソードに何の意味があるのかよく分からない形でストーリーが進んで行きます。

文体はハードボイルド。荒々しくスピード感のある展開に、不思議な設定、ディックの作り出した独特の世界です。

人間は本物の生物を夢見ますが、人造人間は人造生物を夢見るのでしょうか?

Get it on Apple Books

2023年4月21日金曜日

銃・病原菌・鉄 / ジャレド・ダイアモンド (1997)

Guns, Germs, and Steel: The Fates of Human Societies / Jared Diamond

1998年にピューリッツア賞を受賞した本書は、文明がどのように誕生し、拡散し、現代社会に影響を与えているかを論じています。

ニューギニア人のヤリという友人からの問い「欧米人は様々な物資を作ってニューギニアにもたらしたが、ユーギニア人は何も作り出さなかった。その差はどこから生まれたのか」への回答として書かれています。

欧米人的な発想の、生物学的に欧米人が人種として優れていたからだ、という理由付けを著者は明確に否定し、地理学的なところに答えを求めます。
文明の始まりは、それまで狩猟採集生活をしていた人類が、農業・畜産による定住生活を始めたことに期限があると言います。それが人口の累積を加速し、知恵の蓄積と拡散を容易にし、さらに文明が発展していくという正のスパイラルが生まれたと。

ユーフラテス川周辺の肥沃三日月地帯では、たまたま栽培に適した麦や豆類が自生していてそこに文明が生まれます。ユーラシア大陸は東西に広いことで、気候が似ていて、栽培が広がりやすかった。対して、アメリカ大陸やアフリカ大陸は南房に長いことから、同種の栽培種の栽培方法が地理的に断絶し、核酸が生まれなかった。この地理的優位性から、ヨーロッパ、中国などの文明が先行して発展し、植民地という形で別の大陸を侵略し、その貧富の差が現代にまで影響を及ぼしている、というのが大まかな本書の主張です。

確かにサピエンスは生まれてから今までおそらく大きな進化はしていないと思われます。狩猟採集生活をしていた頃の人類と現代の人類は脳の構造も同じですが、現代の方が格段に生活が快適になっています。それは知恵や技術の蓄積が進んだからに他なりません。

同じことは民族間でも言え、生物学的には音字でも、知の蓄積度によって生活に差が出ている、と言えます。

途中、コルテスにによるアステカの征服や、欧米人によるアボリジニの侵略、アメリカ先住民への迫害など、凄惨な事実の記載があり、憤りを感じますが、著者の関心はそこにあるのではなく、その圧倒的な武力の差はどこから生まれてきたのか、ということにあります。

面白いのは、病原菌耐性への言及です。武力制圧よりも殺傷力があったのは病原菌で、家畜から発祥した病原菌に耐性があった欧米人が新大陸に乗り込むことによって、耐性のない先住民のほとんどが死んでしまったとのこと。驚きの事実です。医学博士である著者の面目躍如といったところです。

さらに、言語学的研究から、南太平洋に広がる民族の起源は台湾であることも突き止めます。この民族ははるかマダガスカルまで到達します。

人類の文明の歴史は、民族による多民族の侵略の歴史であり、その侵略が現代を形作っています。
G7のうち6つは欧米で占められていることがその証左です。

中国は途中まで欧米をリードしていましたが、技術の発明を産業革命に発展させられなかったことで(これも多分に偶然だと思われる)、現代の欧米のリードを許してしまいました。習近平のやろうとしていることは、この再逆転でしょう。

  • https://www.soshisha.com/book_search/detail/1_1005.html
  • https://www.soshisha.com/book_search/detail/1_1006.html

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