2022年8月21日日曜日

利己的な遺伝子 / リチャード・ドーキンス (1989)

The Selfish Gene by Richard Dawkins - New Edition

夏休みの読書課題。久しぶりに読み返しました。
発行年を見てみると、「第16刷1997年4月10日」となっているので、多分1997年か1998年頃に読んだんでしょう。30ちょい過ぎかな。
何回も読み返していないので、内容はほぼ忘れてるようです。

"New Edition" とあるように、最初に出たのは1976年、一部修正、そして2章を追加して1989年版が出ています。
追加された2章は少し難解でしたが、全体として生物淘汰の原理を分かりやすく説明してくれています。

ポイントは3点。

1. 生命の始まりは自己複製

太古の地球では、有機物が離散集合して分子構造が複雑化して行ったが、ある時自己複製を始めた。これは驚くべきことだが、何億年という単位で考えると、試行錯誤の結果あり得る。
自己複製子=遺伝子が個体=ヴィークルを作り、個体単位で生き残ることによって、淘汰・進化が進んだ。
淘汰は意思を持っているかの如く振る舞う。ただしそれは生き残った原理を後付けで説明したもの。

2. 群淘汰ではなく遺伝子淘汰

生物の利他的行動を説明する理論として「群淘汰」がある。自己犠牲の結果、グループとして種が生き残ることで淘汰されてきた、というもの。
人類社会の自己犠牲の精神と合致していて分かりやすいが、自ら犠牲となるのはあり得ない、というのが本書の主旨。
遺伝子単位が生き残るためにヴィークルは行動するように遺伝子に書かれてある。そのため同じ遺伝子を持つ可能性が高い個体を助ける行動に出ることもある。つまり、そう行動した遺伝子が生き残る。

参考:利己的遺伝子 Wikipedia

3. 淘汰は進化的安定戦略による

進化的安定戦略(Evolutionarily Stable Strategy=ESS)とはゲーム理論の一種。タカ戦略とハト戦略では個体の生き残り行動により、タカ戦略が優勢になったり、ハト戦略が優勢になったりするが、最後は進化的安定割合に落ち着く、といったもの。
タカ戦略ばかりでは種の絶滅につながるのでハト戦略が生き残る、といった群淘汰的説明とは違う観点の説明を提示している。

参考:進化的安定戦略 Wikipedia

つまり、本書は学界の「群淘汰」か「個体=遺伝子淘汰」かという論争のための書みたいですね。
著者が「まえがき」で書いてあるように、1974年当時は異端的扱いであった「遺伝子淘汰」の考えも、1989年版を出す頃には正当な地位を与えられているようです。
著者は本人曰く生粋のダーウィニスト。生き残り=淘汰こそが正であることを突き詰めると、群淘汰のような「ぬるい」説明は気に入らなかったんでしょうね。

また、本書ではミームという「文化」にも触れています。これも遺伝的影響を与える、ということで触れざるをえなかったんでしょうが、確かに個体から個体に受け継がれる特定の行動が淘汰的に有利なものもあるはずです。人間に限らず、記憶機能を持つ生物の場合は淘汰に影響があるように思います。どこまでの生物に当てはまるのかは本書では言及されていませんが。

ちなみに、遺伝子、DNA、染色体の違いがイマイチ分かってなかったので調べてみました。
二重らせん構造のDNA(デオキシリボ核酸)がタンパク質の周りに巻き付いて染色体が構成されていて、人間だと染色体は23対、つまり46本あるとのこと。23対目の染色体がXY染色体で、男女を決めているようです。
DNAは全て遺伝に影響を与えているわけではなく、遺伝に影響を与えているDNAの部分を遺伝子と呼ぶみたいですね。
DNAはデオキシリボースとリン酸、塩基から構成され、塩基がAGCTです。
こんな微小で複雑なものを作り上げて、しかもこれが複製され、さらにタンパクを合成し、生物の行動にまで影響を与えるような作りになっているんだから、地球40億年の歴史は偉大です。
人類が誕生して約500万年、ホモサピエンスに至ってはたかだか20万年、億とは桁が違いすぎますし、今僕がいるのも奇跡だと思いますね。


  • 第1章 人はなぜいるのか
  • 第2章 自己複製子
  • 第3章 不滅のコイル
  • 第4章 遺伝子機械
  • 第5章 攻撃――安定性と利己的機械
  • 第6章 遺伝子道
  • 第7章 家族計画
  • 第8章 世代間の争い
  • 第9章 雄と雌の争い
  • 第10章 ぼくの背中を搔いておくれ、お返しに背中を踏みつけてやろう
  • 第11章 ミーム――新たな自己複製子
  • 第12章 気のいい奴が一番になる
  • 第13章 遺伝子の長い腕


利己的な遺伝子 / リチャード・ドーキンス (紀伊国屋書店)


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2022年8月17日水曜日

息吹 / テッド・チャン (2019)

EXHALATION by Ted Chiang

Ted Chiang は超寡作の作家です。
前作短編集 「あなたの人生の物語」"Stories of Your Life and Others" (2002) 以来の2作目の短編集が、この「息吹」になります。実に17年ぶり。
この本には9編の短編が収められていますから、2年に1作というペースになります。
1作1作がよく練られていますので、発想から構想、実際に書き、直す作業も考えるとそれくらいかかるものなのかな、とも思います。

しかも、書きっぷりがそれぞれで全く違い、全然違う世界を形作っているのは驚異的です。
時代も決して未来だけではなく、古い時代を感じさせるものもあり、また人間世界、あるいは地球ではない架空の世界も登場します。
僕は SF に決して詳しいわけではないのですが、こんないろいろな世界を扱える作家っている?って思ってしまいます。

SF は「もしも」の世界を扱いますが、過去と未来は変えられるのか?、世界の創造と信仰・科学の関係は?、新しい技術は人間社会を変えるのか?記憶や正しいことは事実と同じか?といった深淵なテーマを取り扱っているところが味わい深く、多くのファンがついている理由だと思います。

9編の中では、「商人と錬金術師の門」「偽りのない事実、偽りのない気持ち」「オムファロス」「不安は自由のめまい」が特に心に残りました。


  • 「商人と錬金術師の門」"The Merchant and the Alchemist's Gate" ヒューゴー賞、ネビュラ賞、星雲賞受賞 (2007)

「アラビアンナイト」の世界とタイムトラベルを結びつけた、Ted Chiang ならではの世界。「門」を通って過去にも未来にも行けるが、過去は未来の自分が知らせてくれた出来事からなっており、卵・鶏がごちゃ混ぜで、こんがらがります。「過去と未来は同じものであり、わたしたちにはどちらも変えられず、ただ、もっとよく知ることができるだけなのです。」

  • 「息吹」"Exhalation" 英国SF協会賞、ヒューゴー賞、ローカス賞、SFマガジン読者賞受賞 (2008)

空気の濃淡のメカニズムによって生きている生物?の世界。世界に終わりがあるのか?

  • 「予期される未来」What's Expected of Us"

予言機なる機械を契機として、自由意志なるものがあり得るのかの考察。

  • 「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」"The Lifecycle of Software Objects" ヒューゴー賞、ローカス賞、星雲賞受賞 (2010)

作者にしては珍しくかなり長い中編です。ソフトウエアのペットが育てられたら、という仮定。しかも言葉が喋れるので厄介。その世界がどんどん進んでいくとき、人間はどう対処する?

  • 「デイシー式全自動ナニー」"Dacey's Patent Automatic Nanny" (2011)

巻末の著者の作品ノートによると「ジェフ・ヴァンダーミアが、想像上の展示品を集めたミュージアムに関する短篇のアンソロジーを企画していた。さまざまなアーティストがそれらの展示品のイラストを描き、作家はそれといっしょに掲載する説明テキストを提供するという趣向。その企画に合わせて、アーティストのグレッグ・ブロードモアが出したのが、〝全自動ナニー〟というアイデアだった。〝赤ん坊の面倒をみるために設計された、ロボットまでは行かないマシン〟とのことで、それだったらなにか書けそうな気がしたので、この仕事を引き受けることにした。」とのこと。

  • 「偽りのない事実、偽りのない気持ち」 "The Truth of Fact, the Truth of Feeling" (2013)

記憶って何なのか?正確な事実なのか、それとも今の自分が作り出している「こうあってほしい世界」なのか。セルフ映像の記憶を検索できるソフトウエアで娘との関係を問い直すストーリーと、文字がなかったアフリカの民族の民族としての記憶のストーリーが交互に語られます。 

高校の時の学級日誌に書いてある自分と、今自分が高校生の時はこうだったという記憶の違いに自分ながらに恥ずかしい思いをしたことがあります。歴史は今の人が書く都合の良い考え、というのは避けられないんでしょうね。

  • 「大いなる沈黙」"The Great Silence" (2015)

アレシボ天文台と鳥のオウムの寓話。これも「デイシー式全自動ナニー」と同じようにあるテーマに沿った作品。

  • 「オムファロス」"Omphalos" (2019)

何千年か前に天地・生物が創造され、そこから世界が始まったというキリスト教的な古い常識の世界を描いています。しかし、その天地創造が神の意思や目的の賜物ではなく、単なる偶然だとしたら.....。創造主たる神はいるが、意思を持っていない。その通りだと思います。

  • 「不安は自由のめまい」"Anxiety Is the Dizziness of Freedom" (2019)

量子論の確率の世界がパラレルワールドを作り出す。その時世界を分けるものとは。自由意思で人生を良くしていくことはできるのか?


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