2022年8月17日水曜日

息吹 / テッド・チャン (2019)

EXHALATION by Ted Chiang

Ted Chiang は超寡作の作家です。
前作短編集 「あなたの人生の物語」"Stories of Your Life and Others" (2002) 以来の2作目の短編集が、この「息吹」になります。実に17年ぶり。
この本には9編の短編が収められていますから、2年に1作というペースになります。
1作1作がよく練られていますので、発想から構想、実際に書き、直す作業も考えるとそれくらいかかるものなのかな、とも思います。

しかも、書きっぷりがそれぞれで全く違い、全然違う世界を形作っているのは驚異的です。
時代も決して未来だけではなく、古い時代を感じさせるものもあり、また人間世界、あるいは地球ではない架空の世界も登場します。
僕は SF に決して詳しいわけではないのですが、こんないろいろな世界を扱える作家っている?って思ってしまいます。

SF は「もしも」の世界を扱いますが、過去と未来は変えられるのか?、世界の創造と信仰・科学の関係は?、新しい技術は人間社会を変えるのか?記憶や正しいことは事実と同じか?といった深淵なテーマを取り扱っているところが味わい深く、多くのファンがついている理由だと思います。

9編の中では、「商人と錬金術師の門」「偽りのない事実、偽りのない気持ち」「オムファロス」「不安は自由のめまい」が特に心に残りました。


  • 「商人と錬金術師の門」"The Merchant and the Alchemist's Gate" ヒューゴー賞、ネビュラ賞、星雲賞受賞 (2007)

「アラビアンナイト」の世界とタイムトラベルを結びつけた、Ted Chiang ならではの世界。「門」を通って過去にも未来にも行けるが、過去は未来の自分が知らせてくれた出来事からなっており、卵・鶏がごちゃ混ぜで、こんがらがります。「過去と未来は同じものであり、わたしたちにはどちらも変えられず、ただ、もっとよく知ることができるだけなのです。」

  • 「息吹」"Exhalation" 英国SF協会賞、ヒューゴー賞、ローカス賞、SFマガジン読者賞受賞 (2008)

空気の濃淡のメカニズムによって生きている生物?の世界。世界に終わりがあるのか?

  • 「予期される未来」What's Expected of Us"

予言機なる機械を契機として、自由意志なるものがあり得るのかの考察。

  • 「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」"The Lifecycle of Software Objects" ヒューゴー賞、ローカス賞、星雲賞受賞 (2010)

作者にしては珍しくかなり長い中編です。ソフトウエアのペットが育てられたら、という仮定。しかも言葉が喋れるので厄介。その世界がどんどん進んでいくとき、人間はどう対処する?

  • 「デイシー式全自動ナニー」"Dacey's Patent Automatic Nanny" (2011)

巻末の著者の作品ノートによると「ジェフ・ヴァンダーミアが、想像上の展示品を集めたミュージアムに関する短篇のアンソロジーを企画していた。さまざまなアーティストがそれらの展示品のイラストを描き、作家はそれといっしょに掲載する説明テキストを提供するという趣向。その企画に合わせて、アーティストのグレッグ・ブロードモアが出したのが、〝全自動ナニー〟というアイデアだった。〝赤ん坊の面倒をみるために設計された、ロボットまでは行かないマシン〟とのことで、それだったらなにか書けそうな気がしたので、この仕事を引き受けることにした。」とのこと。

  • 「偽りのない事実、偽りのない気持ち」 "The Truth of Fact, the Truth of Feeling" (2013)

記憶って何なのか?正確な事実なのか、それとも今の自分が作り出している「こうあってほしい世界」なのか。セルフ映像の記憶を検索できるソフトウエアで娘との関係を問い直すストーリーと、文字がなかったアフリカの民族の民族としての記憶のストーリーが交互に語られます。 

高校の時の学級日誌に書いてある自分と、今自分が高校生の時はこうだったという記憶の違いに自分ながらに恥ずかしい思いをしたことがあります。歴史は今の人が書く都合の良い考え、というのは避けられないんでしょうね。

  • 「大いなる沈黙」"The Great Silence" (2015)

アレシボ天文台と鳥のオウムの寓話。これも「デイシー式全自動ナニー」と同じようにあるテーマに沿った作品。

  • 「オムファロス」"Omphalos" (2019)

何千年か前に天地・生物が創造され、そこから世界が始まったというキリスト教的な古い常識の世界を描いています。しかし、その天地創造が神の意思や目的の賜物ではなく、単なる偶然だとしたら.....。創造主たる神はいるが、意思を持っていない。その通りだと思います。

  • 「不安は自由のめまい」"Anxiety Is the Dizziness of Freedom" (2019)

量子論の確率の世界がパラレルワールドを作り出す。その時世界を分けるものとは。自由意思で人生を良くしていくことはできるのか?


Get it on Apple Books

0 件のコメント:

コメントを投稿