2017年5月28日日曜日

戦後経済史 / 野口悠紀雄 (2015)

私たちはどこで間違えたのか


著者の主張は次のようなものです。
  • 1940年台に革新官僚が作った戦時統制経済体制が、戦後の復興や高度経済成長の基盤になった。統制型の経済と、垂直統合型の重化学工業は相性が良く、80年代まではうまくいっていた。
    復興期においては、傾斜生産方式や、為替、資金の政府統制などで経済を支えていった。
  • (80年代のバブル期について痛烈な批判を浴びせていますが、それは置いておいて)
  • 90年代以降のIT革命で、水平分業型の企業が勃興し、台湾や韓国や中国の下請けが力をつけてきた。その時代の変化に日本企業は全く立ち遅れてしまった。
    目指すべきはアップルのように、水平分業により、付加価値が高い得意分野で戦うべきだったのではないか。
つまり、80年代に、実体のない経済で浮かれ、日本型経済方式が世界の賞賛を浴びているという誤った自信を持ったその時期に、時代は変わりつつあり、その時代についていけなくなった、そう言っています。

かといって、今からチャンスはあるのか?全て手遅れのようにも思えてなりません。

戦後自由型の経済(アメリカ)が繁栄している中で、統制型の経済(日本、西ドイツ)が実力をつけ、統制型の経済がまさに自由型の経済を抜き去ったその時に、自由型の経済はIT革命を起こし、新たな統制型の経済(中国)と結び、大逆転をした。中国を避け、アメリカ型を指向すべきか、あるいは中国と真っ向勝負するか。その2択しかないのだろうか?

2017年5月14日日曜日

「良い質問」をする技術 / 粟津恭一郎 (2016)

著者は、エグゼクティブ・コーチを職業とする、「質問」のプロです。

「良い質問には、自分と周囲の人々の人生を、よりよい方向へ変える、大きな力がある。」「『質問の差』が『人生の差』になる。」と著者は言います。

私も仕事上で、あるいは親子関係で、質問によって動機づけしたいと常々思っているのですが、ほとんどできません。どうしても、答えを自分で言っていたり、アドバイスになっていたりばかりです。
良い質問をする技術があれば、と思っていたところ、そのままずばりの本のタイトルに出会いました。

中身は、いたって平易で分かりやすく、さっそく実践してみよう、と思えるようなものでした。

やはり、コーチングのプロだけあって、本質的な「重い質問」の問いかけもあるのですが、それを、5W1Hに分解するといい、とか過去よりも未来について聞く方がいい、「私」「あなた」を主語にするといい、といった「技術」を教えてくれます。
なによりも、自分自身に質問する時間を取り、自分の3つのV(Vision、Value、Vocabulary)を探ることを習慣づけると行動が必ず変わる、というメッセージが大切かな、と思いました。
ああでもない、こうでもないと考え続けるのではなく、違った角度の質問をし直してみることも肝要だと。

どれだけできるか自信ありませんが、トライしてみる価値はありそうです。

ピーター・ドラッカーが、若いとき恩師に「あなたは何によって憶えられたいか?」 "What do you want to be remembered for?" と問われ、それが人生の大きな気づきと、軸になっている、という話を思い出しました。その質問がドラッカーを偉大な経営学者にさせたのでしょう。まさに「良い質問には、自分と周囲の人々の人生を、よりよい方向へ変える、大きな力がある」んですね。
この質問も"What"で始まっています。

https://www.coacha.com/coach/awazu.html

2017年5月11日木曜日

戦後日本海運造船経営史 5 造船業の復興と発展 世界の王座へ / 寺谷武明 (1993)

1993年に出たこの本は、その20年前、1970年代までの、日本の造船が絶頂に上り詰めるまでを描いています。

まず、戦中から始め、その戦標船の経済性が基本になり、戦後の造船の基礎になったことが描かれてあります。
戦後苦しい時代を経て、復員船、漁船、政府による保護、朝鮮戦争、中東の石油発掘からのタンカーブーム、スエズ危機などにより、造船業は発展を遂げていきます。
土壌としては、日本の造船技術者の仲間意識により、会社を超えた技術的なつながりにより、生産プロセスや溶接技術の開発が進んだことも大きいようです。

また、戦後の日本の造船業界は、石川島播磨がリードしていったようにも書かれてあります。石川島と播磨の合併(土光敏夫)、生産プロセスの革新(真藤恒)、定型船の連続建造など。特に真藤恒については多くのページを割いています。NBC呉というアメリカ企業の中で、徹底した合理的な考えを叩き込まれ、革新的なアイデアを試していく姿はカッコいいですし、それが日本をリードして成功していくということですから、拍手を送りたくなります。

日本企業が成功した要因としては、技術開発(生産プロセス、ブロック工法、溶接技術)+経営環境(世界情勢)+設備投資(船の巨大化への投資)ということになるのではないかと理解しました。中でも、ライバルであるヨーロッパの造船所が、船の巨大化に伴う工場の拡張などの余力がなかったのに比べ、日本は高度成長期で新興埋立地が林立した時期と重なったことが一番の要因ではないかと思います。そういう意味では、船の大型化に賭けて成功したともとれますが、戦略というよりは、時勢的に波に乗れて、イケイケで設備投資したらうまくいった、というようにもとれます。

ここから先の、日本の造船の下降がどうなっていくのかが非常に気になりますが、現代を見ると、中韓の圧勝です。そう思えば、これも設備投資余力なのかもしれず、日本が来た道を忠実にたどっているようでもあります。

2017年5月5日金曜日

人材覚醒経済 / 鶴 光太郎 (2016)

政府の規制改革会議のメンバーであった著者が、ここ10年ほど関わっている労働・雇用分野におけるテーマを総合的にまとめた著作といえるのではないでしょうか。

単に意見を述べるだけでなく、欧米との制度比較などの実証を多く積み上げ、自論を構成しているところが見事です。参考になります。

いちばん大きな提案は「ジョブ型」社員のデフォルト化です。言われるように数多くの現在の日本の問題を解決するソリューションであろうと思いますが、企業が前提としている雇用システムのすべてに影響を与えることになるので、一朝一夕では進まないことが予想されるのが残念です。

序章 人材覚醒——アベノミクス第三ステージからの出発

次の4つにより人材覚醒経済を実現する。
  1. 「ジョブ型社員+夫婦共働き」のデフォルト化とICT徹底活用による新たな働き方の普及による「多様な働き方改革」
  2. 健康の確保、公平公正な処遇の実現、雇用の入口・出口の整備による、「多様な働き方改革を支える環境整備」
  3. 社会保障制度改革などの「働き方改革と補完的な公的インフラ整備」
  4. 性格スキルの向上と新たな機械化と補完的スキルの養成による「教育・人材力強化」

第1章 問題の根源——無限定正社員システム

「メンバーシップ制」「企業別労働組合」「後払い賃金」「遅い昇進」「頻繁な配置転換、水平的なコーディネーション」「解雇ルール (解雇回避義務)」「家族システム (正社員が男性中心)」を特徴とする、日本的な無限定正社員システムが、次の問題を引き起こしている。
  1. 正社員の新規採用・賃金抑制、有期雇用(雇用が不安定)の大幅増
  2. ワーク・ライフ・バランスが掛け声ばかりで進まない。
  3. 女性の労働参加、活躍を阻害。
  4. 「何でも屋」=特定の能力や技能を身につけにくい。

第2章 人材が覚醒する雇用システム

次の雇用システムを提案する。
  1. ジョブ型正社員:労働条件明示、後払い賃金システムの見直し
  2. ICTを徹底活用:時間、場所を選ばない働き方へ
これらにより生産性を高めると同時に、働き方や従業員の異質性・多様性を活かしたイノベーションを起こす。

第3章 女性の活躍を阻む2つの壁

長時間労働と女性活躍の相関は高い。男性の長時間労働や長期雇用慣行などの無限定な働き方を改める必要がある。
女性活躍のため女性たちは「男」になることを求められたが、夫が限定的な働き方を選ぶということも重要。夫の家事・育児参画(日常的なサポート)が妻の就業に影響を与えることが分かっている。

第4章 聖域なき労働時間改革——健康確保と働き方の柔軟化の両立

労働時間規制は健康確保のために行われるべき。残業上限の他、インターバルや労働時間貯蓄制度などが参考になる。

第5章 格差固定打破——多様な雇用形態と均衡処遇の実現

有期雇用増大により、かえって生産性が落ちている。賃金格差も問題だが、職能給が中心の日本では同一労働同一賃金へのハードルは高い。また、最賃の引き上げは、逆に雇用減少につながり低所得者対策としては効果が薄い。

第6章 「入口」と「出口」の整備——よりよいマッチングを実現する

定年を残して有期による雇用継続をするとした現在の制度の維持は難しい。賃金の後払いを是正して、賃金カーブをなだらかにする必要がある。
また、解雇の場合の金銭的解決は労使双方にメリットがあるが、様々な問題をクリアする必要がある。

第7章 性格スキルの向上−−職業人生成功の決め手

人的資本・人材力の強化のために、「性格スキル」の向上が必要。家庭、学校教育に引き続き、職業上での教育も重要となる。

第8章 働き方の革新を生み出す公的インフラの整備

社会保障制度を見直すと同時に、政策決定プロセスも見直す必要がある。

終章 2050年働き方未来図——新たな機械化・人工知能の衝撃を超えて

技術進歩によりなくなる仕事もあるが、代替が効かない仕事もある。機械化と補完的スキルを身につける必要がある。

書評 : http://style.nikkei.com/article/DGXKZO09978810W6A121C1MY5001

2017年5月2日火曜日

チャーチル・ファクター / ボリス・ジョンソン (2014)


THE CHURCHILL FACTOR
How One Man Made History / Boris Johnson


「チャーチル的要素とは」を問う長い思考的伝記であり、没後50年を記念した長編でもあります。

融和策の嵐の中でたった一人でナチスに立ち向かい、その後の世界を作った、という基本認識の下、彼のいいところだけではなく、失敗したことや、過ち、失言なども率直に取り上げ、公平に評価しているところが気に入りました。

著者(ロンドン市長、保守党下院議員)自身、チャーチルが死ぬ1年前に生まれたので、時代の空気感は分からないのですが、丹念にいろいろな材料から拾おうとしています。
1940年より前のチャーチルは政治的にも、軍事的にも失敗の山のようです。
よくこれで政治家として生き残れたなと思います。しかし時代は彼を首相にする、ということですから、失敗の山だけでは測れない「何か」を持っていたんでしょうね。彼の気質、勇気、意思を通す押し出しの良さ、ユーモアなどでしょうか。著者はその、失敗を恐れない、間違いをおかすことをいとわない精神、リスクを冒す意欲を賞賛しています。
スキルとしては、言葉の使い方かもしれません。多くの詩を諳んじていたようですし、意味と同じく響きも大切にしていたようです。

しかも彼のすごいのは、いいところばかりではないということです。下品なジョークを言い、人種差別的であり、大酒飲みであり、太っていて背が低いブルドッグ、数学には弱く大学も入れなかった、しかも失敗続き。それでも自分を信じて突き進みます。
人に認められたいという自己顕示欲もあるんでしょうが、それを超越した自信は母や乳母から愛されているという何にも代えがたい心の芯があったからのように思えてなりません。そう思うと、親というものの存在価値は大きいなと思います。結果的には世界を変えてしまったのですから。

著者自身が首相を目指す政治家であることから、純粋なチャーチル像というよりは、自身の政治信条を重ね合わせた政治主張の部分も含まれているかもしれません。

序章 チャーチルという犬
第1章 ヒトラーと断固として交渉せず
第2章 もしチャーチルがいなかったら
第3章 裏切り者のいかさま師
第4章 毒父、ランドルフ
第5章 命知らずの恥知らず
第6章 ノーベル文学賞を受賞した文才
第7章 演説の名手は一日にして成らず
第8章 尊大にして寛大
第9章 妻クレメンティーン
第10章 代表的英国人
第11章 時代を先取りした政治家
第12章 報復にはノー、毒ガスにはイエス
第13章 戦車の発明者
第14章 超人的エネルギー
第15章 「歴史的失敗」のリスト
第16章 同盟国フランスの艦隊を撃沈
第17章 アメリカを口説き落とす
第18章 縮みゆく大帝国の巨人
第19章 鉄のカーテン
第20章 ヨーロッパ合衆国構想
第21章 「中東問題」の起源
第22章 100万ドルの絵
第23章 チャーチル・ファクター

書評:http://president.jp/category/c00275